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憧憬悋気-ショウケイリンキ-6:MGS小説。私説、雷電がお二人とサニー救出に携わるまで。
通りを少し入ったアパートの廊下を近付いてくる足音が二つ。
しっかりと踏みしめるように、親指の付け根に重心を移動させる歩き方のものと、小さな歩幅で踵から爪先までを擦るように歩くものと。
ただ聞いていると、大人の男と老人が歩いているようだ。
雷電は、膝の上で組んだ腕に、その色のない銀髪の前髪を埋めた。
いくつも並んだ扉を両脇に眺めながら、オタコンは背筋を丸め、疲れたような足取りで突き当たりに向かう。
別に疲れているわけでも、意気消沈しているわけでもない、それが素だった。気分のいい日や目的がある時には、その背筋も少しは伸び、足取りだって多少は軽快になる。
今日はけれども話す口調も、やや責めるような色合いを帯びていた。
「ちょっとシャワー浴びる時間くらいあっただろ?そんなに急いで移動する必要なんかどこにもないじゃないか」
前だけ見て、後ろを歩く人物に恨みがましそうな声を出す。ろくに支度もせずに、外に連れ出されたらしかった。
ここまで黙って背後を歩いていたスネークは、耳からイヤホンらしきものを外して、革ジャケットの内ポケットから出した黒い箱と一緒に、前を歩く背中に軽く押し付けた。
その感触に振り返ったオタコンは、箱を受け取ると、少し驚いた顔になる。手の内にあるのは、自身のお手製の、警察無線傍受用の小型受信機だった。
二人はデジタルアナログの手段を駆使して、身近な公的機関の動きを大体把握していた。
「下の階でヤク中が死んでたそうだ」
「えっ、…それ知ってたの?」
「いや、おかしな連中の出入りがあったから、もしや警察が来るかもと思ってな」
「なんだ、そうならそうと言ってくれよ」
拍子抜けしたような、ホッとしたような様子で受信機を上着のポケットにしまい、オタコンが両方の眉を下げると、スネークはその脇を通りすぎながら、片方の眉を上げた。
「だから毎日シャワーくらい浴びておけと言ってるんだ」
「そんなこと言ったってさ、いつからが昨日でいつからが今日だか曖昧だし」
「だから毎日ベッドで寝ろと言ってるんだ」
鍵を出し、突き当たりの扉に近付くと、ふと何でもないように、背後に手をかざして、止まるように指示を出す。
反対の手が脇に釣ったホルスターから静かに銃を抜いた。
オタコンはその背後に隠れるように、廊下の壁際に身を寄せる。
身を隠して生活するようになって、外出は一人ではできない。すっかり相棒の動きにも慣れ、合わせて行動できるようになっていた。
スネークがノブを回すと、鍵はかかっていない。ゆっくりと隙間を作り、中を窺い、そのまま扉を開いた。
奥の正面にあるソファに寄りかかるように、床で膝を抱えている青年がいる。
「…雷電」
「え、雷電?」
肩口から覗くようにオタコンもその名前を呼ぶと、銀髪の頭が持ち上がった。
「…勝手に入ってすまない」
「いつからいたんだ」
「さぁ、昨日かな?持ち回りでも、そろそろここの番かと思って」
確かに部屋は三ヶ所用意してある。短いスパンで移り、外出すれば同じ部屋には帰らなかった。
「今日はたまたまだ。予定通りなら明後日まで待ったかもしれんな」
「…じゃあ運がよかった」
銃を収めながらドアを閉めるスネークの背後から、オタコンは雷電の元に駆け寄る。
「雷電!よかった、心配してたんだ。あんな風に出て行っちゃったし…。その顔、どうしたんだい?」
「別に何でもない」
彼が顔を上げると、片方の頬は酷く変色して、腫れて変形していた。
「痛そうだね…ハンサムが台無しだよ。今湿布持ってくるから、待ってて」
「もうそんなに痛くない。見た目だけだ」
「でも貼っといた方がいいよ」
隣の部屋に引っ込む背中をぼんやり眺める青年に、スネークはぶっきらぼうに手を差し出した。
「せめてソファーに座れ」
差し出された掌を見つめ、その主を見つめ、雷電は一瞬、泣きそうに顔を歪めた。
すぐに耐えるような顔に戻り、唇を噛んで、それでもおずおずと指を持ち上げる。すぐにその手が握り込まれ、力強く引き上げられた。
立ち上がると足元のふらつく雷電に、スネークは眉をしかめて腕を回した。抱えるようにしてソファーの正面に移動し、座らせる。
するとそこへオタコンが救急箱らしきものを持って戻ってきた。
「大丈夫?他に具合が悪いとか、ないかい?」
「…平気だ」
「どうだかな。何も食ってないんだろう」
雷電の様子から察して、スネークは苦虫を噛み潰したような顔になる。こうなった一端を担ったらしいという責任を、多少なりと感じての事だ。
「え!そりゃまずいよ。スネーク、何か作ってあげてくれ。消化にいいやつ」
「材料がない」
「そんなの買ってくりゃいいだろ!ほら早く!」
弱りきった青年にすっかりご執心な相棒に急かされ、彼は仕方なく再びドアに向かうと、他に買うものがないか確認し、部屋を後にした。
その様子を見送って、オタコンは自分もソファーに腰かけると、湿布とハサミとテープを取り出し、作業にかかる。
大きさを見るように湿布を当てがわれ、雷電は微かに笑った。
「スネークは、博士の言う事なら聞くんだな」
「え?そうでもないよ。今のは君に悪いと思ってるからじゃないかな」
「…俺に?」
オタコンはハサミで湿布を半分に切りながら、相手に笑顔を返す。
「うん。きつい事言った自覚はあるみたいだよ?あれでも反省してるんだろうから、許してやってくれ」
「…許す?俺が?」
「そうさ。君だってスネークが相手だからって、遠慮する事ないんだからね。酷い事言われたら怒ればいいよ」
フィルムを剥がした湿布の冷たさを頬に感じて、雷電は眉を寄せた。何か胸に、暖かいものと冷たいものが一度に飛来したような感じだった。
もしかしたら博士を、嫌いになれたら簡単なのかもしれない。そんな思いがふと沸き起こり、しかし実際には、とても嫌いになれそうもない。
「あんたは…いいな」
何とも言いがたい気持ちで、口から出たのはそんな言葉だった。
「そうかい?でも僕だって、君を羨ましいと思うところもあるんだ。みんなそうさ」
「……ああ」
「痛くないかい?」
「…ああ」
目をつぶって大人しくテープを貼られている雷電の様子を見ていて、オタコンは覚えのある感覚に囚われた。
相棒に感じるものに、よく似た感情が胸にやってくる。
「君はやっぱり、何だかスネークに似てるね」
「俺が?」
開いた瞳と目があって、顔の作りは全然似ていないと思う。雷電の方が、一般的に見て美形だ。
けれどもどこか放っておけないような、強いはずなのに、自分が助けにならなくては、と思ってしまうようなところが、何となくスネークとこの青年は似ていた。
「なんか危なっかしいところとかね」
冗談めかして言うと、相手は少しばかり残念そうな顔をした。もっと似ていたい部分があるのだろう、そして多分、その部分は実際似ているのだと思う。
けれども、オタコンはあえてそれ以上の事は言わなかった。
似ていたとしても、放っておけなくても、自分の手はスネークの存在で埋まっている。雷電に、あまり思い入れを作ってしまいたくないような気持ちがあるからだった。
それでも、こうして戻ってきてくれた事が嬉しい。
「君が、また来てくれてよかった」
「……」
「スネークが帰ったら、きっと美味しいもの作ってくれるからね。それを食べたら、一度休むといいよ」
相棒に似た、この若者が、自身を諦めないでいくれたのが、嬉しいのだった。
テーブル席からソファーで静かに寝息を立てている雷電を窺い、オタコンはホッとした顔でコーヒーを口に含んだ。
帰宅したスネークは、溶けるくらい具を柔らかくしたスープを作って彼に提供した。それを味わって、渡された薬を素直に飲むと、顔に大きな湿布を貼られた青年は、今のところぐっすり眠っているようだ。
「あんな状態でローズのとこにも帰ったのかな?」
換気扇の前の定位置で煙草を味わうスネークを振り返ると、彼はその先で、折角の煙草が台無しという不味そうな顔をした。
「かもな」
「君のせいだからね」
「…かもな」
なるべく短くなるまで吸った煙草をシンクに押し付けて消すと、テーブルの自分の席に回り込んで腰かける。
眉間の皺が、普段より更に深くなっていて、まるで怒っている顔だが、オタコンにはそれが、ばつの悪い表情だと分かっていた。
「俺は、奴を買い被っていたかもしれん」
「思ったより大丈夫じゃなかった、とか?」
「まあな」
コーヒーまでもが不味そうな様子を見ていたら、流石に責める気持ちは失せてきて、オタコンはつい笑って、深刻な顔の相手に言った。
「そんな事はないよ。こうしてまた来てくれたんだし。それって重要なことだろ」
「だといいが」
「そうだとも。自分を諦めきれないから、戻ってきたんだ」
スネークは、時々やけに頼もしい事を言ってのける相棒を、改めてよく見つめた。
「…甘い事を言っていたら、あいつは多分、勘違いする」
「うん?」
「他人に道を示されても、それは己の道じゃない。他人から学ぶのは、手を引いてもらう事とは違う。それが分からないままでいるんだ」
「そうか…君は雷電に、自分の足で立っててほしいんだね」
眼鏡の奥で、しょぼくれたような、しかし思慮深そうな瞳が理解の色を示していた。それでいつでも、思いを打ち明けてもいいような気になる。
オタコンは行動を批判する事はあるが、考え方を批判するような事はしなかった。少なくとも自分に対しては。
「命令に従うのを、生きる道を示されたのだと勘違いする事があってな、そうすると人間は、従うものがないと不安になって、頼るものを探す。子供の頃からだとすれば、尚更だ」
「…それはソリダスが、そう教育したってこと、かな」
「分からん。だが兵士も工作員も、盲信するタイプが扱い易いのは確かだ。純粋な子供ほど、教え込まれたものを信じるものだしな」
失意に疲れた顔になる相棒を、スネークは同じように残念な気持ちで見ていた。
「雷電は、俺の言うことも頭から信じるだろう。それが間違っていようと、関係ない。すがるものが必要なんだ」
「君は間違った事なんて言わないよ」
「だとしても、俺の人生を奴が歩んでどうする?お前だってそうだろう、誰でも自分の人生がある」
だから、甘い事は言えないのだと、どんなに頼りなくても、自分で選び取っていかなければならないのが未来なのだと、言葉にされなかった部分の想いが伝わってくるのを、オタコンは感じた。
多分、兵士としての道を示してしまうのは、楽なことなのだろう。雷電は期待に応えるだけの実力を持っている。
「雷電には、俺とは違う可能性がある」
「…うん」
少なくとも、ビッグ・シェルを経ても一緒にいてくれようとする女性と、そして産まれてくる子供がいる。
自分達とは違う未来を、選ぶ事ができるはずだった。
相棒と、相棒の大事に思う若者へ、様々な想いが心に浮かんで、オタコンは切ないような、苦しいような気持ちになった。
それを表に出さないように、少しおどけた声を出す。
「分かったよ。じゃあ、彼に甘いこと言うのは、僕の分担ってわけだ」
「何?」
しかめっ面でちぐはぐな眉の高さになったスネークに向かって、明るい顔を作って眉を持ち上げる。
「だってそうだろ。君が厳しいことしか言えないんだし、それに僕は全く違う道を歩んでるから、なに言っても影響がないはずだし」
「いや、ちょっと待て」
「大丈夫、僕そういうの得意だから」
「心配してるんじゃない、ちょっと待てお前」
何だかおかしな方向に話が収まったのに困惑するスネークの様子に、つい笑いがこみ上げて、それに逆らわずに笑顔になると、止めの一言を投げかける。
「だって放っとけないだろ?結局さ」
「待てと言ってるんだ。俺はまだ反対だからな、おい」
一向に雷電を迎え入れようとしない相棒の頑さに、何とも言えない暖かい気持ちになったオタコンは、席を立って隣の部屋に向かいながら、ひとり声を立てて笑った。
つづく
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